積極的に死にたくも消えたくもないけれど、 この先10年、20年と生きていたところで まずもって現実的に 僕にはいいことなど起こるはずがない。
思い込みや勘違い、偏見、認識不足は 幸せの根幹でもあると僕は思っている。
僕は「東京貧困女子」は全く知らなくて、 たまたま見かけたので僕が大学の頃の「センチメントの季節」と 比較しながら読んだ。
センチメントの季節は援助交際をテーマにした恋愛少女漫画、 東京貧困女子はパパ活や売春をテーマにしたドキュメンタリー(ルポ)で、 比較する方が間違ってる気もするが、
前者からは「中年男性には少女の気持ちなどわかるはずもない(わかってほしい)」 後者からは「中年男性は絶滅すべき」 という強いメッセージが伝わってくる。
まさに分断というキーワードがどれだけこの30年で急進化したのかの象徴とも感じられ、 僕は血を抜かれてよろよろとした足取りで病院から帰宅し、 ずうっと憂鬱な気分が抜けない。
セリフ
- 雑感。
- 「東京貧困女子。」 (現在連載中)
- 東京貧困女子。
- を同時に読んでみると
- 「センチメントの季節」(1997)
- と
- 「「幸せな青春」でも「貧困と格差」でもなかった僕たちの時代は、」
- 「本当にどうでもいい存在なんだなと改めて思う。」
主人公であるハセガワが、「東京貧困女子。」と「センチメントの季節」(1997年刊行)という二つの作品を同時に読むことで、90年代と現代の意識の違い、特に分断の問題について考えている。ハセガワは、当時の青春が幸せや貧困・格差とは無関係だったのに対し、今はそうではない現実に気づき、物事をどうでもよく思う自分を見つめ直している。
