現代では「寂しい」「淋しい」はほとんど同じ意味で、 なおかつ「淋しい」は常用漢字じゃないのであまり使われませんが、 もともとの字義でいうと「寂しい部屋」「淋しい気持ち」のように ニュアンスが異なります。
わたくしはこうした漢字によるニュアンスの違いみたいなものが好きです。 先輩も好きだったと思います。国文学専攻ですからね。
しばらく世相をかんがみて詩情の少ないわかりやすい内容を描いていましたが、 わたくしがいつも作りたいものは、 誰にでも、ではなく、 ごく一部の「そうでなければならない人」にだけ響くような、 そういうものです。
そしてそのごく一部に 当然わたくし自身が含まれています。
それを短く表現するとすれば、 多分「救済」です。
セリフ
1ページ目
- 効果音ジジ…
- 「誰だって淋しい
- ひとりが淋しくなくなるために
- ひとりの淋しいひとをつくる」
2ページ目
- 「お前は寂しがりだな。」
- 「寂しいやつは 人と一緒にいちゃ いけない。 ただ まき散らす だけだから。」
3ページ目
- 「「・寂しい」のは場所、「・淋しい」のは人。」
- 「お前は寂しい。私は淋しい。」
- 「お前、横にいるのは誰でもよかったろ。」
4ページ目
- 「帰る。」
- 「あ、じゃあ車を…。」
- 「いらない。これからも。」
一人の寂しさを埋めるために他人を求めるが、その行為は孤独を増すだけ。寂しがり屋の自分を見つめ直し、満たされない思いを誰かで埋めるのはやめると決意する。一緒にいる相手が誰でもいいと思っていたが、それを続ければ同じ繰り返しだと悟る。結局、自分自身の孤独と向き合うため、一人で進む道を選ぶ。



