セリフ
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- 芸術全般をターゲットに歴史を追ってみると
- どの分野でも「ロマン主義」と「古典主義」が繰り返されている。
- 「「ロマン主義」は簡単に言えば」
- 「個人の感情や感傷、情熱、夢、つまり「内面」を重視する。」
- 「語弊はあるが文系的と言っていい。」
- 「古典主義」はリアリズムと言った方がわかりやすい。
- 個を排して理性、客観、現実を重視する。理系的な捉え方だ。
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- 戦後、哲学はロマン主義的「自己」「真実」を徹底的に否定した。
- 人間性とは情報やシステム、社会によって作られた虚構であり、記号であるという考え方が優勢になった。
- 現代美術がわけがわからないのはその文脈に乗ったからで
- 「センチメンタルとかいつまでやっとんねんアホか!そんなレベルの低いことはマンガでやれ!」
- これをうっかり言い出して芸術は自ら死んだ。
- わたくしが大学の頃はまだこの空気が強かった。
3ページ目
- 「42才男性」
- 「夢を叶えてあげるね金払えぱ。」
- かわりにサブカルチャーがメインカルチャーになった。
- そりゃそうだ 勉強しないとわからん文化が主役になるわけがない。
- SNSによって追い風を得たその空気は、AIによって完成。
- 「数字がすべて」 「夢は数字」 「希望も数字」
- それは論理では否定できない。だってそういう社会にいるのだから。
- 「にもしなくても 大差なし」
- 効果音4 2 1 3 5
- 「一部の特権的な聖域を否定した結果、人間てみなそこそこ似たような記号」
- 格差とはつまり数字。
- 「才能とは遺伝子。」
芸術と哲学の歴史では「ロマン主義」と「古典主義」が繰り返されてきた。ロマン主義は感情や個人を重視し、古典主義は理性と現実を重視するが、戦後に哲学はロマン主義を否定した。その結果、現代の価値観は数字や遺伝子を指標にした冷たい社会へと移行した。しかし、その中でも「自分語り」という唯一無二の個人の経験が、最後の希望として残されている。この10年間、語り手はそれを大切にしてきた。



