無駄なことが嫌いなのはそれでいいとして、 無駄なことが好きっていう価値観を否定する理由にはならないだろう。
わたくしが子供の頃、「女みてえなやつだ」とバカにされた要因の一つに、 好き嫌いでしか物事を判断しないという傾向があって、 今の時代から考えると「女みてえなやつ」自体がだいぶ昭和なんだけど、 実際昭和なんだから仕方ない。
わたくしは思春期あたりから、クレバーな考え方や合理的な道筋を 徹底して否定してきましたが、 だからといってそうした考え方自体できないかというと もちろんそんなわけではなく、ただの選択の問題なんだと思う。
なんの話をしているかというと、 しあわせについての話をしているのです。
セリフ
- 「がんばったけど無駄だったなあ……」
- と思うことはたくさんあって
- 「その無駄が今の自分を育てた」
- とも思ってない。ムダはどこまでいっても単なるムダだ。
- わたくしはただ、そのムダな時間が好きだっただけなのだ。
ハセガワが『がんばったけど無駄だったなあ』とつぶやく。一方で別のキャラクターは、『その無駄が今の自分を育てた』と考えている。さらに、『わたくしはただ、そのムダな時間が好きだっただけなのだ』と心情を明かす。このやり取りは無駄と思える時間も価値があるというテーマを描いている。
