「ネットの思い出」ってタイトルにしようと思ったんですが、 思い出になるほどそう普及してなかったと思う。
しかしこの時遊んで覚えた技術で先生やってんだから、 何が起きるかわかんないものですよね。
セリフ
1ページ目
- 大学3年生。
- わたくしが初めてネットを使ったのは1997年。
- OSは漢字Talk7
- 機械嫌いを治すため。
- ケミカルな白昼夢の中にいるわたくしは元々白昼夢みたいな奥崎と仲良くなった。
- 「おでんが群れをなしてやってくる助けてくれ」
- 「そいつぁ豪気だね!」
- よくない国でよくないことを覚えた結果、帰国してからも夢から覚めず
- 「部屋の中におでんがいる。」
2ページ目
- 「完全夜型テレホーダイのせい。」
- ネット黎明期(2ch以前)わたくしの中で流行していたことが2つ。
- 「ご近所さんを探せ」
- という自分の住所を登録して近所でネットやってるやつを探すという、今考えると恐ろしいサービス。
- 及び死にたい奴に青酸カリを配って後に事件となる「ドクター・キリコの診察室」に常駐。
- それに影響を受け実名と住所入りで自分のポエムサイトを始めると
- 毎日のように会いたいというメールが来る。
- 頭のネジが3本くらいとんだやつらの自分語りを酒の肴に暇つぶし。
- 「あたし明日しぬの。キミもどう?」
3ページ目
- 氷河期の一発目。300回面接落ちて某巨大ハンバーガーチェーンの正社員になった奥崎。
- を会社まで送り迎えをしつつ弁当作ったり夕飯作ったり。
- 悪く言えばヒモ。良く言ってもヒモ。
- 「ヤダヤダヤダ」
- 「もーやだ」
- 奥崎が島根に帰り何もなくなったがおでんは襲って来なくなった。
- 芸術家を気取って毎日アトリエで絵など描いていた。
- わたくしは一生刹那的に生きていくつもりだった。
- 楽しかったが褒めるところは一つもなかった。
- 1998年。
1997年、大学3年生の「私」は機械嫌い克服のためネットを始める。当時のネットは奇妙な情報が溢れ、「私」はその中で奥崎と知り合い仲良くなる。「私」は奥崎の影響を受け、実名と住所を公開したポエムサイトを開設すると「会いたい」というメールが頻繁に届くようになる。その後、大手ハンバーガーチェーンに就職した奥崎の世話を焼く生活を送る。しかし奥崎が故郷に帰り、「私」は一人になった。1998年、「私」は芸術家を気取り刹那的に生きていこうと決意するが、その生活に褒めるべき点は一つもなかった。


