一覧
読み込み中...
全部見る

マキタが退屈そうに会話する様子

僕はマゾヒストではない。

傷ついたことを描いて喜んでいるわけではない。

この手のかんちがいは、

主語のない言語圏(主に関西)では日常的によく起こる。

傷つくというより、恥ずかしい。

なぜ恥ずかしいんだろうと考えると、

世界を自分の視点からだけ見ていたことに気づくから。

自分を見つめることは実はそれほど難しくはない。

人と接していれば自然と自分のことによく気づく。

後は自分に嘘をつくかつかないかの話だけだ。