根拠のない自信や自尊心は
全然ないより高すぎる方がましだろうと個人的には思っています。
それはそれらを捨てないとどうしようもない場面に
学生時代必ずどこかで遭遇するはずだからです。
ないものは作れませんが、あるものを壊すのは努力できます。
自分の力でどうにも出来ないことはつらいだろうと思います。
僕にとってこうした20歳の一瞬はとても大事で、
以降少しづつ楽になっていった気がします。
僕は残念ながら今言う毒親や自己肯定感の低さについて
ピンとこないので何も語れないし
うわべで同情することくらいしかできません。
「僕も自信なんてなかったよ」と言うこともできますが、
多分心の底ではあったんでそれは嘘です。
僕が自信なさげなポーズをする時は、
失敗したらどうしようという不安な場面で
最初から自信がないことにして保険をかけた時だけでした。
自尊心や自立心の強かった僕にとって、
自分の勝手な理屈で助けを乞う、つまり一緒にいてくれと求めることは
相当に勇気がいることで、
故によく覚えています。
相手にとっては「なんのこっちゃめんどくせえ」という話ですけれど。
悩みを抱え一人で苦しんでいた男性に対し、村木が冷静に話しかける。男性は自分は成長できていないと打ち明けると、村木は真っ先に助けを求めることの大切さを促す。男性は一人では辛いと訴え、村木は最初から言えばいいと優しく応じる。このやり取りは、孤独を感じる中で他者への頼り方を学ぶ切ない日常の一幕である。
